『ヒース(堕ちた聖者)』から色々考えてみる!

 

ダークリッチシナリオではかなり重要な位置に居るにも関わらず、「シャルロットが憧れる超エリート神官」「シャルロットが憧れる高位の神官」と基礎知識編ではあくまで『シャルロットが憧れている』と言う事意外では高位の「超エリート」神官であることしか書かれていない可哀相な青年。ゲーム中では物腰柔らかで優しい青年であることが解るが、父親であるベルガー様(ダークリッチ)の魔力によって心を闇に囚われてしまい、ダークリッチシナリオの場合、主人公達にボコボコにされた挙句、光の司祭の呪いを解くべく己から闇の呪法を使い死んでしまうとっても可哀相な青年。しかし、最後に生き返る事が出来る(良かったね!)。

又、最終ボスキャラの前に出るボスの中で唯一戦う前に「やめるんだ!」「一緒に帰ろう」「何故貴方と戦わなければいけないんだ!」と言ってもらえるオイシイお方。

3では一番ケヴィンやビーストキングダムに縁遠い人として登場しているように見えるこの神官様も、HOMで彼の父親であるベルガー様とガウザー様が一緒に旅をしていたので関係がある事がわかります。

辞書で調べてみると、『ヒース(Heath)』は

(1)エリカの英名

(2)中部及びヨーロッパに見られる、主にツツジ科の低木が優先する植生。また植生の土地。乾原。荒原。

とあります(goo辞書参照)。

エリカというのは小さい木に小さくて可愛いランプのような花を咲かせます(家に有りましたが枯れてしまった…興味のある方は検索してみて下さい)。

3/1の誕生花でもあるそうです(ちなみに誕生石はブラッドストーン)。

花言葉は「謙遜」「博愛」「協力」「無欲さ」「幸福な藍」「休息」「閑静」「寂寞(せきまく)」「心地よい言葉」など、実に『ヒース』らしいもの。が、「裏切り」「孤独」など、彼が『堕ちた聖者』になった事を知らしめさせる言葉もあります(誕生石も直訳すれば『血の石』だし!)。

勿論これだけでは物足りないし、『ビーキン』の『ビ』の字も『ケヴィン』の『ケ』の字も出てこないので勝手に妄想してみましょう。

彼は最終ボスの前に登場するボスキャラとして登場する事に着目。竜帝シナリオの『紅蓮の魔導師』とアークデーモンシナリオの『美獣』と同じ位置である事から、先にこの2人について考えて見ましょう。

 

『紅蓮の魔導師』

元アルテナ国民。魔法が使えず、竜帝と取引した事により莫大な魔力を手に入れる。理の女王(ヴァルダ)を操ってアルテナをフォルセナに攻め込ませた張本人

 

『美獣』

光の城がダークキャッスルになった際、魔界から移り住んだ魔族。闇の貴公子に愛情を持つ。フレイムカーンを操ってナバールをローラントに攻め込ませた張本人

 

ここである事に気が付きます。『ヒース(堕ちた聖者)』は二人と同じ位置にあるにも関わらず、「他国への進軍」を唆して居ないんです(腹黒い子だったらパパを追放された復讐の為にしそうですが…追放されたそれなりの理由があったことと彼は良い子に育ったからさ!)。その役目は死を喰らう男がしていました。じゃあ、本来ならば死を喰らう男がダークリッチの前に闘う事になるんじゃないのか?と思われます(私も思ってました)がそうじゃない。と言う事は、死を喰らう男には無く他の3人にあるモノはと言えば、各シナリオのキャラクターとの関係性と存在(心)が似ている事です。

 

『紅蓮の魔導師』

過去、アルテナに居たのでアンジェラとは同じ先生に学んだ知り合い(仲が良かったっぽい。お友達?)

魔法が使えなかった事(アンジェラと同じ)

力不足で国の役に立てなかった(デュランと同じ)

 

『美獣』

闇の貴公子への愛情(リースとホークアイと一緒)

(注*倒した後闇の貴公子を「男の子」と呼んでいるので母性本能や幼い兄弟へ持つ愛情として解釈

エリオットを攫ったり、ジェシカに死の首輪をつけたりと主人公達の『兄弟(的存在)』を利用する点でも、彼女(美獣)に『兄弟(彼女で言う闇の貴公子)』が居るからどれだけ効果があるのか判ってると考えられますしね。エリオットを騙した(風を止めさせた)時も姉であるリースを引き合いに出して利用していますしね…ビルベンがやったんだけど!)

 

では、『ヒース』は?と言うと…

シャルロットとは兄妹の様な関係だった(憧れの存在)

HOMで父親同士が戦友(ケヴィン)

ですね。ケヴィンとの関係においては本当に物足りなくて泣けてきます。

なので、此処で一度この話は置いておいて、他の事に着目します。それは「倒された後の台詞」。

 

『紅蓮の魔導師』

「かつて私は、魔法をどうしても使う事ができずに苦しみ、いたたまれなくなって、アルテナから逃げるように旅立った」

「我が命を半分ささげる事により、竜帝様から強大な闇の魔力をさずかったのだ」

「だが私は命も半分しかなく、今また闇の魔力においても完全でない事がわかった…これ以上生きていても仕方がない…」

「ありがとよ…」

 

『美獣』

「かわいそうな男の子」

「彼の生い立ち」

「私はあの人の閉ざされた闇より暗い心を開いてあげたかった…」

 

この台詞は彼ら自分の事を言っている様に思えますが、実は各キャラクターへのメッセージともとれると思いました。

彼らの台詞から色々と深読みしてみます。

 

『紅蓮の魔導師』から『デュラン』へ

「だが私は命も半分しかなく、闇の魔力においても完全でない事がわかった…これ以上生きていても仕方が無い」

つまり、簡単に力を手に入れても完全では無い事を言っています。デュランの旅の始まりは“強くなりたい”。そして光の司祭に“クラスチェンジ”の事を聞かされます。が、その話を聞いた後の彼の台詞は「カッタリイ」「さっさと強くなって」と『簡単に力を手に入れること』を望んでいます。彼は紅蓮の魔導師と同じ事を考えていた訳です。

しかし、この(紅蓮の魔導師との戦いの)時、デュランは既に険しい冒険の旅・戦いを経てクラスチェンジ済み(光でも闇でも)で、彼の憧れで父親(のロキ)である“黄金(黒耀)の騎士”に勝利しています。そしてロキに「剣の道はけわしいが、くじけるな。剣は心をうつすカガミ。どんな時も決して自分を見失わず、心を静かにたもてよ!」と言われます。この父親の台詞は「魔法をどうしても使うことができずに苦しみ、いたたまれなくなって、アルテナから逃げるように旅立った」紅蓮の魔導師のこの台詞の答えを言っていると考えられます。

魔法を使えない事に挫け、自分を信じられず、そして自分で自分を見失ってしまった『紅蓮の魔導師』に「生きるんだ!」と叫んだ『デュラン』、それに「ありがとよ…」と答えて自滅した彼に、デュランは自分の父親(ロキ)の言った言葉の意味の大切さを実感したのではないでしょうか?

 

『紅蓮の魔導師』から『アンジェラ』へ

「魔法が使うことができずに苦しみ、いたたまれなくなって、アルテナから逃げるように旅立った…」

「我が命を半分ささげる事により、竜帝様から強大な闇の魔力をさずかったのだ」

それはアンジェラも同じでした(魔法が使えない為に苦しんでいました)。しかし、旅の中色々な経験を積み彼女は魔法が使えるようになりました。そして、“彼女の命を使った禁断の呪法の発動=命を捧げた事によって手に入れた魔力”の事として考えられます。しかし、彼は「闇の魔力は完全でない事がわかった」と言っています。つまり、アンジェラの命を代償にした禁断の魔法の発動も完全では無い(間違いだった)と言う事を悟ったのではないでしょうか?

そして、「生きていても…」と言う紅蓮の魔導師にアンジェラが言う「生きていればきっといい事が待ってる」「未来を信じる」と言う台詞がありますが、それは自分の力を信じられなかった彼がしたくても出来なかった事。彼が最後に言う「ありがとよ…」にはアンジェラが自分のようになる前にその事に気がついてくれて「ありがとよ…」と言う意味合いも含まれていると思います。

(紅蓮×アンジェラの場合この台詞にはもっと意味があるように取れます。

アンジェラが紅蓮の魔導師に懐いていた場合、最後まで彼の事も信じていたはずです。

「生きていれば」又一緒に暮らせる。「未来を信じ」れば、二人でアルテナを支える事だって出来る。きっとやり直せる。という気持ちでアンジェラはその台詞を言ったけれど、彼にしてみれば一度アンジェラを殺そうとして(信頼を裏切って)しまった自分は「生きていても仕方がない」んです。そう考えると、凄いラブラブカップルだな!この二人!!デュランが可哀相だ(管理人はデュラアンも好き)!!)

 

『美獣』から『ホークアイ』へ

「彼の生い立ち」とは?と言うと、ホークアイは実はフレイムカーンの孫である事がHOMで明かされています。フレイムカーンはホークアイの父親的存在として書かれています(基礎知識編参照)。しかし、HOMで彼の娘であったファルコンとその夫サンドアローはナバールを脱退します。その時、ファルコンが「自分達がもし死んだら後この子(ホーク)の事を…」と頼むのですがフレイムカーンは「もうお前は娘ではないから」と突っぱねます。が、「孤児ならば拾って育てても良いだろう」と答えます。

つまり、美獣はホークが正当な首領の孫でもあるのに認められていない。そして、本人さえもその事を知らない「かわいそうな男の子」だと思ったのでは?と思います。

しかし、ホーク自身がそれを不幸だと思うんでしょうか?それは「NO」だと思います。孤児としてでも自分の子供達(イーグル・ジェシカ)と兄弟のように、そして立派に育ててくれたフレイムカーンに感謝するのではないでしょうか。

 

『美獣』から『リース』へ

「閉ざされた闇より暗い心を開いてあげたかった」については二通り考えられます。エリオットとホークアイです。

エリオットの場合、姉であるリースに甘えていた事。自分のせいでローラントが攻め込まれ、結果父を殺してしまった事。そして、もっと大きくなった時、母が自分を産んだために死んでしまい、“姉から母を奪ってしまった”と考えているかもしれません。その時、エリオットは心を閉ざしてしまうと思います。その時、リースだけがエリオットの「心を開いてあげる」事が出来ると伝えたかったのではないでしょうか?

ホークの場合、彼は既に大親友を亡くしています。そして、矢張りリースの国に自国が攻め込んでしまったという負い目もあると思います。その「心を開いてあげる」事が出来るのも、ローラントの王女で有り、そして彼の“(色々な意味で)大切な仲間”である彼女だけなのではないでしょうか?(ホークリも好きだ…!!)

 

 

ごちゃごちゃと書きましたが、それでは!お待ちかね(?)の『ヒース(堕ちた聖者)』編です。

『ヒース(堕ちた聖者)』

「光と闇は表裏一体」

「光の魔法では治す事のできない、不治の病」

「救いたいと考えた」

「禁断の呪法に手を出した事で聖都を追われた」

「私は自分を始末する」(シャルロットがメンバーに居ない場合)

 

これを踏まえての深読み(『ヒース』からのメッセージ)

『ヒース』から『シャルロット』へ

「光と闇は表裏一体」とは神殿の人から愛情を一身に受け、何不自由なく、純粋に育てられたシャルへの警告だと思われます。今、自分と戦ったようにいつか近しい人が危害を加えるかもしれない事や、優しい顔ばかり見せている人にも裏の顔がある事をきちんと知って欲しかったのでは?と思います。

又、誰にでも(例えシャル自身や光の司祭にさえも)闇の部分がある事を知って欲しいと考えていたのかも知れませんし、彼女が知らない場所で彼女とは全く逆の生活をしている人も居る事を知って欲しかったのかも知れません。

「光の魔法では治す事ができない、不治の病」も彼女達が信じている光の力も万能ではない。と言う警告に取る事が出来ます。

「救いたいと考え」「禁断の呪法に手を出した」事は、道徳の質問です。人を救うためなら禁じられているものを破ってもいいのか?禁じられているからと言って見殺しにするのか?と言うかなり難しい問題を出していると思います。光の司祭の孫娘であり、いつか聖職に就く事になるだろうシャルにこれからの聖都のあり方や向かうべき方向を考えて欲しいから敢えて話したのではないでしょうか?

シャルが居る場合では言いませんが「私は自分を始末する」と言うヒースの言葉には、『どんな理由があっても禁を犯す事は罪。罪を犯したら償わなければいけない』と言う、ヒースの考えが反映しているのでは…と思います。

 

『ヒース』から『ケヴィン』へ

「光と闇は表裏一体」はシャルとは全く逆で、今まで(獣人は)迫害されてきた闇の部分があったからには仲良く暮らしていけると言う光の部分もあるんだよ。と言っていると思います。又、ケヴィン自身の『闇』である『獣人』の部分(夜になると変身するため『闇』)と、『光』である『人間』の部分も元を正せば全て君自身なのだから受け止めなさい。と言っているのでは?と思います。

「光の魔法では治す事ができない」とは、獣人の人間に対する憎しみと言う闇の部分だった場合、『獣人』同士で話し合い解決する(=治す事)と言う『光』である『人間』には出来ない事です。又、『獣人』達が憧れている『光』のある世界は、もしかしたらそんなに良いものでは無いかも知れないし、万能では無いと言っているのでは無いでしょうか?

又、「聖都を追われた」=『『光』のある場所から追われた』と考えると、ベルガー様も『獣人』と同じ扱いを受けた事になりますよね?此処に『獣人』が月夜の森に追いやられた事を重ねると、迫害されて追いやられたのではなく、『獣人』が何か禁を犯して追いやられたと考える事も出来ます。これも「光と闇は表裏一体」に係ってくる話で、自分たちに都合の良い話(人間に迫害された)つまり、『光』だけ見ないで『闇』もある筈でしょう?と言っていると考えると…死に際にけっこうキツイ事言ってくれてます。

 

とりあえず、こんな感じですかね…

と、言ってしまえば只の講釈。ここは『ケヴィン』『ガウザー様』を『ヒース』から考える場所。勿論まだ終わりません。

では『ヒース』(『ベルガー様』含む)から考えた『ケヴィン』と『ガウザー様』+『ヒース』から『ケヴィン』へのメッセージ編(又は『父と子』編)です

(注目したのはやっぱり『ヒース』の「倒された後の台詞」です。)

「それをかくすために仮面をつけた」

歪んだ顔を見られたくない。そして人間への憎悪を抑えるためにベルガー様は自ら仮面をつけました。でも、仮面をつけていたのはガウザー様も一緒ではないんでしょうか?彼が本当は優しい事は仮死状態のカールをケヴィンが埋めた事に対して「可哀相に」と言ったり、自ら掘り起こしたりした事から判ります(ビーキンのBGMである『Lefthanded Wolf』は訳すと『不器用な狼』ですしね?ねぇ!ビーキンゴッド様!!)。つまり、ガウザー様がつけていたのは『人間を憎む獣人王』と『ケヴィンを殺人マシーンとして教育する非情な父親』としての仮面。言ってしまえば、仮面をつけないとケヴィンに冷たく当たる事や獣人の為とは言え人間界に侵攻が出来なかったのではないでしょうか?「光と闇は表裏一体」。冷たいと思われている人にも、本当は暖かい優しい心があるものです。ベルガー様の仮面が外された(倒された)後、ケヴィンEDでどちらの時(カールが生きている事を知っている時・知らない時)も彼は嬉しそうに笑っています。この事からも彼も仮面を外して、本来の『良き王として慕われている』顔が見えたと言っても良いのでは無いでしょうか?

 

「元のやさしかった父に戻そうとしたのだが父の闇の力は強大で、逆に私も闇にとらわれてしまった」

上の事(「それをかくすために仮面をつけた」)から考えると、この言葉はヒースからケヴィンへのメッセージになります。

「元のやさしかった」=『仮面をつける(闇の呪法に手を出す)前』は優しかったと考えると、ガウザー様も元は不器用なりに優しかったのでは?と考える事が出来ると思います。

では、一体何時ガウザー様が『仮面をつけた』のか?それは彼の妻が死んだ時だと考えています。

ご存知の通り、ケヴィンは獣人とのハーフです。もしかしたら、ガウザー様はケヴィンがもし獣化しなければ彼の妻(ケヴィンママ)と一緒にウェンデルへ行かせようと思っていたのかもしれません。

しかし、それが出来なくなってしまった。ならば、自分が育てるしかありません。

でも、『初めに』の考察で書いた通り、犬(狼も?)は弱い仲間を虐めたり、殺してしまう事があります。

ならばどうするか。道は只一つ。強い力をつける事だけです。だからこそ『母親は逃げた』と言い、『殺人マシーン』としてケヴィンを教育したのではないでしょうか?

そのお陰(?)でケヴィンは『冷徹な殺人マシーン』になりかけた様です。しかし、カールによって優しさと愛に目覚め始めます(詳しくは『カール』編で)。

が、殺して(本当は仮死状態だったけど)しまいます。カールと戦うように仕向けたのはガウザー様の命令があったせいで、ケヴィンはガウザー様に怒りと憎しみを覚えます。

つまり、「父の(闇の)力は強大」(=『ガウザー様の(王としての)影響力・命令の力・強さ』)で、「逆に私も闇にとらわれてしまった」(=『(ガウザー様の思い通りに彼に対して)憎しみを持ってしまった』)です。

そうだとすると、ケヴィンもヒースと同じ立場だと考える事が出来ます。

でも、もしヒースとケヴィンが同じ立場と考えるなら「やさしかった父」としてのガウザー様をケヴィンは少しでも知っていたと考えられ、ガウザー様はケヴィンに気付かない様に愛情を注いでいた事、

ケヴィンも知らず知らずの内にその愛情を感じ取っていたのでは…と思います(そうだったらこの親子可愛過ぎる!)。

 

「戦いを通じて、君達が私の心を呼び戻してくれたから、ようやく、自分を取り戻す事ができた」

この台詞もケヴィンが聖剣の勇者である時のみ、違う意味を持ってくると思います。

「戦いを通じて」はマナの剣を巡る戦い。「心(を呼び戻す)」は生物なら誰でも持っている愛や優しい心の事だと考えられます。

ケヴィンは『冷徹な殺人マシーン』として育てられ、愛と優しさに目覚めさせてくれた親友を殺してしまい、父親であるガウザー様を憎みながら旅をして行きます。

ですが、仲間(人間)と一緒に居る事、そして彼らが臆する事無く自分に接してくれる事は彼にとって驚きであり、嬉しい事であったと思われます。

そして親しげに名前を呼んでくれる事(『始めに』の考察参照)。それが「君達が私の心を呼び戻す」=愛と優しさを育む切欠になったのではないでしょうか?

そして「ようやく、自分を取り戻す事ができた」という台詞には、ケヴィンがもう『冷徹な殺人マシーン』では無い事や彼が本来の心優しい子供に戻れた事を言っているのでは?と思います。

 

「最後のチャンス」

「父を倒してくれ」

これは心を取り戻したヒースが自分の命を代償に闇の呪法を使い、光の司祭の呪いを解く事を示しています。が、又、『ベルガー様』、『ケヴィン』と『ガウザー様』にとっての「最後のチャンス」でもあると考えています。

『ベルガー様』は息子であるヒースをアンデッドにして自分の手下にしていました。しかし、ヒースは一時的であれ「自分を取り戻し」ます。ならば、『ベルガー様』も主人公達と戦う事によって「自分を取り戻す」事が出来る「最後のチャンス」が訪れるのではないか。と思っても良いのではないでしょうか?

その期待は儚くも敗れますが、「父を倒してくれ」と言いつつも最後まで優しい父に戻って欲しかったヒースの願いが込められているのではないでしょうか。

『ガウザー様』の話(カールが生きていた事)を聞いていない場合、『ケヴィン』はまだ彼の事を誤解したままです。又、話を聞いていた場合も、いつかガウザー様を越える=「父を倒す」と言っています。この事から、話を聞いていない場合は『ガウザー様』と『ケヴィン』の和解の「チャンス」がある事を、話を聞いていた場合は「父を倒」「最後のチャンス」はこの言葉とは逆に『ガウザー様』を越える事は力ではなく何だって(倒さなくても自分を認めさせる事でも)良いし、君はいつでも出来るんだよ。と言っていると思います。

又、ヒースは『ベルガー様』の「闇の力は強大」だと認めていますが、逆に「やさしかった父」であった事も認めています。故に彼は『ケヴィン』に『ベルガー様』の光の部分(=優しい父親であった事)の部分を認める「チャンス」もくれたのではないでしょうか?

 

こうやって色々と考えてみると、決定打にはなりませんが(管理人の妄想なので)『ヒース』と『ベルガー様』、『ケヴィン』と『ガウザー様』の深い繋がりがあるように思えてきます(私がな!!)。

では止め(!?)にこんな台詞…と言うか言葉の考察を。

 

「父」

ヒースの倒された後の台詞には「父」と言う言葉が(数えてみたところ)9回も出てきます(9回です!9回!!)。

何故こんなに出てくるのか?と考えると、ヒースの中にある『ベルガー様』の大きさを示していると共に、誰かに「父」という存在を改めて考えさせるため(刷り込み)だと思います。『ヒース』と戦うのはダークリッチシナリオのみで、シャルの父親が他界している事を考えると、誰か=『ケヴィン』しか居ません。つまり『ケヴィン』に彼自身の「父」(=『ガウザー様』)の事を改めて考えて欲しい。と思っていると考えられるわけです。

某ビーキンゴッドサイト様で考察を拝見させて頂いたところ、『ガウザー様』は(彼の本当の性格を考えると)理解できない行動を取っています(例・HOMで獣人をウェンデルに匿って貰った筈なのに、獣人に自身を持たせるために侵攻している…等。これは、『ビーストキングダム』と『ウェンデル』の接点で書く予定)。

それは何故か。と言う事を『ケヴィン』自身に考えて欲しかったのではないでしょうか?

そして、いつかはその本当の意味を『ケヴィン』自身が気付いた時、『ガウザー様』を認め、獣人王では無く「父」さんと彼に向かって呼んであげて欲しい。そう思っていたのでは無いでしょうか?

 

 

 

最後に(まとめ)

 

彼らの関係は本当に「光と闇は表裏一体」の一言に凝縮されていると思います。

「やさしかった父」を覚えており、そしてその「父」が闇に染まって行った『ヒース』

(『ケヴィン』にとっては(父の優しさを教えてくれた事。又。獣人としての)『光』と『闇』、『ガウザー様』と『ベルガー様』にとっては(日のあたる場所に住んでいるから)『光』)

「やさしかった父」を覚えておらず憎むが、実はその「父」が光(優しさ)を持っていた事に気がついた『ケヴィン』

(『ガウザー様』『ヒース』『ベルガー様』にとっては『光』、『人間としてのヒース』『人間としてのベルガー様』にとっては(追放したのは人間だと言う事実を知らしめる存在だから)『闇』)

そして、闇の呪法によって追放される(息子と離れ離れになってしまう)事を知っていながらも誰かを救おうとした『ベルガー様』と

(『ケヴィン』『ガウザー様』『神官としてのヒース』には『闇』、『獣人としてのガウザー様』『獣人としてのケヴィン』『ベルガー様の子供としてのヒース』には(ヒースは優しかった父として)『光』)

息子を生かす(一緒に生きる)為に、心を捨てた『ガウザー様』

(『ケヴィン』にとっては『闇』と『光』、『ヒース』としては(人間との共存という考えを持ってくれているので)『光』、『人間としてのヒース』『人間としてのベルガー様』にとっては『闇』)

誰の考えが正解だったかは其々が決める事ですが、誰の考えにも『闇』の部分と『光』の部分があるがあることだけは解りましたし、

『ビーキン(又は獣人)親子』と『ウェンデル(神官)親子』の関係が深くなった(様な)気がします。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

おまけ(途中からおかしなテンションになってます)

『ヒース』と『ベルガー様』について

『ベルガー様』は不治の病の少女を治そうとして闇の呪法を解明した時、既にその少女は死んでしまい彼が生き残ります。

『ヒース』は光の司祭の呪いを解く為に闇の呪法を使い、光の司祭は救えましたが自分は死んでしまいます。

しかし、『ヒース』は生き返り『ベルガー様』はお亡くなりになってしまいます。

どうして『ベルガー様』は生き返らないのか?といえば、彼は闇の呪法を呪いのせいとは言え自分の為(人間に復讐する為)に使ってしまう事です。

でも、彼らが初めに思っていた事は同じ。「誰かを救いたい」と言う気持ちだった筈。

何故、こんなにも扱いが違うのかと言うと、彼らが闇の呪法を使った時期と使おうとしていた相手の違いだと思います。

『ヒース』が自分を取り戻し、闇に堕ちる前に使ったのとは反対に、『ベルガー様』は闇に堕ちてから使っています。

そして、「呪いによる病」と「不治の病」は一見同じように見えて全然違います。「呪いによる病」と言う事は、マナの女神様が決めている(と思われる)その人の寿命を無理やり早めると言う事ですが、「不治の病」は違います。可哀相ですが、その少女の寿命と不治の病で死ぬ事は決っていた事なんだと思います。つまり、『ヒース』は運命を正常に戻そうとし、逆に『ベルガー様』は運命を歪めようとした。と言う事です。

もし、『ベルガー様』の考えが良しとされてしまったら闇の呪法に手を出す人が後を立たなくなります。だから、そのケジメとして彼は主人公達に倒された後、生き返る事は無かったのではないでしょうか?

又、『ヒース』が生き返ったのは、「女神様がフェアリーだった時の命をさずけてくださった」から。某錬金術漫画で言う『対価』の話です(月の精霊を探してビーキンに行った際、死を喰らう男も「禁断の古代呪法のために、たくさんの魂を必要とされている」と言ってますしね。)

『人間として』生き返る為には、マナの女神様の『種』(つまり神様の元)であるフェアリーの命が『対価』として当てはまるなら、『人間として』生き返らせると言う事は本当にマナの女神様で無い限り無理な話です。フェアリーの命を人間に置き換えるなら、何百・何万、もしくはそれ以上の命が必要だと思われます。

考えとしては、術者が残りの寿命が20年だった場合、残りの寿命が無い人間、しかも少女で病に罹っていなければ後60年は生きられるとすると20−60=−40となり、たった一人の人間が『対価』と言うのは無理がありますし、フェアリーが持っている不思議な力や「マナの樹を守る」と言う役目のことを考えると…もう『対価』が『人間』じゃ無理だろ!と思います。

(『ルガー』が生き返った事についてと、『ヒース』との相違点等は『ルガー』編で)。

そして、『ヒース』が生き返った事はシャルが主人公の時やメンバーの中に居たなら(シャルが聖剣の勇者として、勇者を手助けしてマナの女神様を救ってくれたからせめてものお礼として)納得できますが、ケヴィン主人公の時でメンバーにシャルが居ない場合は?と考えました。その時ヒースは生き返らないのか!?と言う話です。

生き返らないとするならかなりシビアな話ですよね…。

生き返った場合も「良くシャルを殺そうとしたのに(アンジェラを殺そうとした紅蓮の魔導師とかは死んだのに(紅×アンの場合の『紅蓮の魔導師』から『アンジェラ』へのメッセージ参照))そんなにアッサリ戻って来られたな!!」と思います。

そんなシビア又は『ヒース』の神経が図太い聖剣3は嫌なので勝手に話を作ってしまいましょう!

「闇に落ち、自ら命を断って暗い空間をただよっていたらやわらかな光が私をつつみ、女神様の声が聞こえたんだ…」

「女神様がフェアリーだった時の命を私にさずけてくださった」

ヒースのこの台詞から解るように、『ヒース』が生き返ったのはフェアリーがマナの女神様になってから。つまり、主人公達がダークリッチを倒してから。と言う事になります。

しかし、生き返る前にヒースの漂っていた「暗い空間」は闇に堕ちたものが行く場所(=もしくは自ら命を断った人が行く地獄、つまり、キリスト教(?)の考えで行くと転生の環から永劫に外される事)だと考えると、女神様の管轄外…と言う事になりませんか?

(女神様の闇(ジェイド)は、死=次の命として生まれるまでの休息と考え、『闇』を「冶(心を治す)」「看(面倒を看る)」と変換)

それでは何故、ヒースは女神様でさえも介入できない「暗い空間」から戻って来られたのか?と言えば、「やわらかな光」ですね。これがあったからヒースは女神様の声が聞こえた訳です。

じゃあ、「やわらかな光」って何なんだ!と言えば…居るじゃないですか!!彼(ヒース)にとっての光であり、「暗い空間」へ行ける人が!!!!!

そう!それは『ベルガー様』!!!!!(ばばん!)

きっと『ベルガー様』はケヴィンに倒された後にヒースが望んでいた通り「やさしかった父」に戻ったに違いありません(違いないと信じたい!!)。

そして、きっと自分が闇に堕としてしまった挙句、殺してしまった息子の事のために出来る事を考えました。

      注・以下イタすぎる妄想です。本当にイタすぎてどうしようも無いくらいです。イタすぎのため反転します。読む方は心して読んでください(笑)。

『ベルガー様』は世界から消える前に女神様に頼みます。

「女神様…私の息子…ヒースは何も悪く無かったのです。罰ならばどんなものでも受けます!だからどうか…私の息子を永劫の闇からお助けください!!」

女神様は答えます。

「彼の命の蝋燭はまだ残っています。が、しかし、私の力でもあの闇へは介入できません。一つだけ方法はありますが…」

(命の蝋燭=漫画日本昔話だったか世にも奇妙な物語でやってた、人の寿命が終わる時に燃え尽きて消える蝋燭。その長さ、太さで寿命や健康さが決っている)

その方法とは、ヒースと女神様を繋げる道を作る事。しかし、尊い精神を持った誰かの魂が代償になり、永劫にこの世界から消え、ひたすら暗い空間に漂い、永遠に苦しみを受けなければいけません。

「…その代償の魂は私ではいけませんか?」

「闇に堕ち、今光を取り戻した貴方なら…しかし…「私はどうなっても良いのです。」」

女神様が次の言葉を言おうとした瞬間、ベルガー様の穏やかな声がそれを遮りました(流石、目的の為なら手段を選ばないお方!!)。

そして、彼は自分を代償に闇からヒースを救い出しました。が、もう一つ、彼は女神様にお願いをしました―「自分が代償になった」と言う事をヒースには言わないで欲しいと

最後の最後に『ベルガー様』は『ヒース』の望んでいた「やさしかった父」に戻りました。

しかし、ヒースはその事を知らされる事はありませんでした。

しかし、ヒースが蘇った時、女神様はヒースにこう仰います。

「貴方は人間の闇を見ました。ならば、絶対にその事を忘れないで下さい。そして貴方の罪は許されています。しかし、貴方がその罪を恥じ続けるのであれば…

許し、導いて下さい…貴方と同じように罪を犯した子供達を。そして何時の日か、自分を…」

消えていく女神様に聖印を切るとヒースはまばゆい光に包まれ、気がつくとウェンデルの近くに居たのでした

「女神様…ありがとうございます」

そう言って又、女神様に祈りを捧げると、ヒースはウェンデルへと歩き出しました。

彼を待って居る神殿の人たちの元に。彼自身のために。そして、罪を犯したマナの子供達を救うために…

おしまい

…イ…イタい…!!イタ過ぎる(そんな冷たい目で見ないでくれ!)…!

ウン十歳なのに夢を見すぎなのは自分で良く解ってるんだ!!!

自分で読み直して笑ってしまったよ!気持ちが悪くて!!!!!

(本当はもっと長かったけど、イタ過ぎ&夢を見すぎな事に気がついて短くしたので許してください…。)

 

 

 

 

 

更にちょっとおまけ(有り得ないこじ付け)

『ヒース』も少し手を加えると『獣』に変身します。

ヒース』+『゛(濁点)』+『ト』=『ース

やっぱりコレはダメだな!!!酷すぎる!!